視察報告
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2013」

視察報告
「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2013」

今年の夏、藁工ミュージアム(高知)・鞆の津ミュージアム(広島)の各アートディレクターとともに、新潟県で開催された「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012」に行ってきました。
いわゆる“ホワイトキューブ”でない場で展開される芸術祭が示してくれる可能性や意義を、開館したばかり(当時、当館は開館を目前に控えていました)の美術館で今後活かしていけるようにとの目的から、美術館人材育成のための研修の一環として日本財団さんのご支援を受け、実現しました。
大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレは、2000年に第1回目から、今年で5回目の開催となります。現在では十日町市と津南町内の6つの地域(集落の単位でいうと何百というから驚きです)からなる巨大な芸術祭も、開催に際して開かれた最初の説明会の場では、全集落が反対したしたところからの出発だったそうです。
この芸術祭を継続して開催し、成功させるという大変な責務を任されておられる、事務局長の関口正洋さんにお会いし、ご自身が芸術祭に関わることになった経緯、日々の業務、ボランティア(サポーター)組織「こへび隊」、そして地元住民の反応や地域にもたらされた変化について等、お話を伺うことが出来ました。

「うちの地元には何もない」—
地元の人たちが口を開くと必ず出てきていたということの言葉。
しかし芸術祭をとおして、外の地域から訪れるアーティストやスタッフ、こへび隊たちなど、“大地の芸術祭民”たちが入り込むことで、例えばそれはクラスに転校生が入ってきたときのような、ちょっとした高揚感が、地元の人々たちと関係者間の双方におこり、結果として活性化が起こるのだそうです。
「うちの地元には何もない」という先の言葉。今はそう思わなくなり始めていると感じると関口さん。このことが商業、経済ではないもう一つの大切な価値、地域づくりの成果だとおっしゃっていました。

テーマは「自立」—
アートプロジェクトを支える上で欠かすことのできないボランティアスタッフ。大地の芸術祭では彼らのことを「こへび隊」と呼びます。
第一回目開催時はその構成のほとんどを美大生が占めていたそうですが、現在は老若男女、所属も実にさまざまな約800名が登録しているとのこと。
「こへび隊」はリーダーのいる“組織”でも、また引率者のいる体験学習でもない、一人一人が自覚と責任をもって手伝うことを目的とした集まりとなることを意識しているそうです。
彼らは滞在中、寄宿舎で規則正しい共同生活を行い、日中は受付業務や作品の管理、企画のサポートなどだけでなく、農作業、雪かきなど、地元の暮らしに必要な作業を、場面場面に応じて手伝います。
そんな彼らへ、関口さんたち運営者が期待することは「自立」。
企画や作品のサポートを担う作業、地域の人たちに応えることのできる働き方、いくつもの地域をまたぐ広大なエリアで開催される芸術祭では、一人一人の主体的な働きかけが不可欠です。
いかに呼びかけるか、いかに適切な配置をするかというシステムの構築ではなく、自分自身の中で意識化される「自立」を促す時間、体験を創出することが核となっていることを知りました。

アートと里山—
とにかく素晴らしい景色でした。
高い山から眼下に広がる棚田、真夏の太陽にあたって光る稲や畦道の草、蝉の声、、
その豊かな自然だけで十分でないかと思う人もたくさんいると思いますし、たしかにそれだけで十二分に素晴らしいものです。
けれどそこに、その場所に最大限の「想像力」を注いだ作家による作品が置かれた瞬間に、その場所は、今までになかった姿として私たちに語りかけてきます。
「なぜ草が青いのか」「なぜ光は眩しいのか」「今、わたしは、何を見ているのか」
慣れ親しんだ自身の日常ではやり過ごしてしまうこと、自分自身の心の有り様への眼差しが、里にすっと立てられたカーテンのたなびく窓から、木の枝でできた小学生が走る小学校から、再考させられるきっかけとなることを実感しました。

作品の数も質も、エリアも、すべてにおいてあまりにも壮大で人間離れした祭典を想像していましたが、そこには関口さんや松代から十日町エリアを案内してくださった玉木有紀子さん、絵本と木の実の美術館の担当者・天野季子さんなど、お一人お一人の顔と日々の関わり方がとても伝わってくる、大変有機的な関わりにあふれた事業であることを知ることができました。 この出会いこそ、今回の研修でのわたしの最大の収穫となったと感じています。

みずのき美術館 奥山理子

 

他館のアートディレクターによる視察報告は下記のリンク先でご覧いただけます。

藁工ミュージアム
http://warakoh.com/museum-blog/?p=2307
http://warakoh.com/museum-blog/?p=2409

鞆の津ミュージアム
http://abtm.jp/blog/?p=1207